2008年03月01日

イワン・イリッチの死:トルストイ

久しぶりにトルストイ読みました。




この本は、「アンナ・カレーニナ」を完成させた後、10年近くに渡り執筆活動をやめていたトルストイが、沈黙を破り発表した作品です。

主人公である裁判所勤務の高級官吏イワン・イリッチが病気になり、病気の苦しみ、生活の苦しみ、死の苦しみを経て、最後に死の恐怖から解き放たれ、最後の心の台詞『もう死はなくなったのだ。』との光の悟りに至る物語です。
100ページそこそこで、「戦争と平和」などに比べると読み応えは少ないですが、内容的には十分に濃いです。
一般的に成功していると思われる仕事についていて、社交の場でも認められた立場を持っていながら、死に直面したときに、その全てが欺瞞であり、空虚なものだと悟る主人公。周りの人たちは、表面的には同情するが、主人公が死ぬことで職のポストが空く事など、政治的な思惑を感じながら接している点。現代社会でもよく見られる光景でしょう。人間の倫理観であったり、心底大事に思うものを持てる主観、というものを考えさせられます。

いずれ訪れる死と対面する前には絶対に一度読んでおく本だと思います。


p.71 イワン・イリッチの苦しみ
イワン・イリッチの主な苦しみは嘘であった・・・・なぜか一同に承認せられた嘘であった。彼はただ病気しているだけで、決して死にかかっているのではない、ただ落ち着いて養生しさえすれば、なにか知らないが大変いいぐあいになる、といったふうな気休めであった。しかし、彼自身にはよくわかっていた。たとえどんな事をしてみても、さらに悩ましい苦痛と死のほかには、結局、どうもなりようはないのである。この偽りが彼を苦しめた。

p.8 イワン・イリッチの死に顔
その顔には、必要なことはしてしまった、しかも立派にしてのけた、とでもいうような表情があった。のみならず、この表情のうちには、生きているものに対する非難というか、注意というか、そんなものが感じられた。

p.26 イワン・イリッチ 結婚当初に悟ったプラスコーヴィヤ・フョードロヴナとの夫婦関係
彼は悟った。夫婦生活なるものは・・・・少なくともこの妻との生活は・・・・常に生活の愉快さ、上品さを増してくれるとは限らぬばかりか、かえって、しばしばこれを破壊するものである。それゆえかような暴虐を防ぐためには自己を守らなければならない。こう思って、イワン・イリッチは、その方法を求めにかかった。勤務はプラスコーヴィヤ・フョードロヴナを圧倒するに足る一つの方法であった。で、イワン・イリッチはこの勤務と、それから生ずる雑用の助けを借りて、わが独立不羈の世界を守りながら、妻と戦うことにした。

p.30 イワン・イリッチ 孤独
皆が自分の事を忘れてしまって、彼にはこの上なく残酷な不正時と思われることが、他人にはごくありふれた事に感じられるらしいのだ。現在の父親でさえも、彼を助けるのを自分の義務と考えなかった。みんな3500ルーブリの地位を、きわめてノーマルな、むしろ幸福なものとさえ考え、すこしも自分を相手にしてくれない・・・・こう彼は感じた。他人からは不公平な待遇を受けているという意識を抱き、妻にはひっきりなく口小言を聞かされ、身分不相応の生活をして、借金に苦しめられている境遇が、決してノーマルなものであろうはずがない・・・・それを知っているのは彼一人きりであった。

p.38 
人間に対する場合、職務以外いかなる関係をも許容してはならない。すべての交渉の動機は単に勤務上のものであり、また交渉そのものも単に勤務上のものでなければならない。たとえば一人の人間がやって来て、何か知ろうとする。そのとき一私人としてのイワン・イリッチは、その人間に対していかなる交渉をも持つことはできない。しかし、この人に対する関係が、法廷の一員としての関係で、所定の用紙に書き現されるようなものであれば・・・・イワン・イリッチはこの関係の範囲内において、できるだけのことをする、断固としてやってのける。しかも、その際、人間らしい友情関係の模倣、すなわち礼儀を守るのである。

p.49 イワン・イリッチ 病気の重篤さを感じる
横腹の痛みは絶えずずきずきして、なんだかしだいに強く、やみ間がなくなってゆく気がした。口中のいやな味はますます明瞭に感じられた。自分の口がいやな匂いをたてているように思われ、食欲も気力もしだいに衰えた。もう自分で自分を欺くこともできなくなった。なにか恐ろしい、新しい、非常に重大な・・・今までイワン・イリッチの生涯にかつてなかったような重大なことが、彼の内部で行われているのであった。しかし、これを知っているのは彼一人きりで、周囲の一同はそれを悟らなかった。

p.51 病気になったイワン・イリッチへの職場の人々の対応
人々が自分に対して同じく奇妙な態度を示すのに気づいた。あるいは気づいたように思われたのかもしれない。時には、皆が自分をじろじろ見て、まもなく椅子を譲ってくれる人間だな、と言いたそうな表情をしているかに思われたり、時には、友人たちが出し抜けにさもしたげな調子で、彼の疑い深い性質をからかったりした。それはまるで彼の内部に巣をくって、絶えず彼の活力を吸いとりながら、いやおうなしに彼をどこかへ引っぱって行く、ついぞ聞いたこともないような恐ろしいものが、なにか愉快な冗談の対象にでもなっているかのようなぐあいだった。

p.53 イワン・イリッチ 自分の生涯が毒され、毒が自分の全存在を侵してゆく、という意識と向かい
彼のこの意識と、肉体の苦痛と、しかもその上に、恐怖さえ抱きながら、床に入らねばならなかった。そして、多くの場合、痛みのために夜っぴて眠れないのであった。しかし、朝になると、またおきて、着替えをして、裁判所へ出勤し、話したり、書いたりしなければならない。もし出かけなければ、家に残って、同じ一昼夜の二十四時間を過ごすことになる。その一時間一時間が、彼にとっては拷問だった。しかも、かかる滅亡の淵に瀕しながら、誰ひとり理解し同情してくれる者もなく、それこそ一人ぼっちで暮らさなければならないのであった。

p.57 イワン・イリッチ 自分の置かれた全体像が突然心に映る
問題は盲腸でもなければ、肝臓でもない、生きるか・・・・死ぬかという問題なのだ。そうだ、もとは命があった、それがいま逃げて行ってる、逃げて行ってる。しかも、それをとめる事ができないのだ。そうだ、なにも自分で自分を欺くことはない。おれ以外の人はみんな誰も彼も、おれが死にかかっていることを、はっきり知っているんじゃないか。問題はただ週とか日とかいうものの数ばかりだ・・・・事によったら、今すぐかも知れない。前には光があったが、今は闇だ。前にはおれはここにいたが、今はあちらへ行ってしまう!いったいそれはどこだ?

p.62 思想の変化
以前は死の意識をおおい、隠し、滅却していたいっさいのものが、今はすでにその働きを示さなくなったのである。

p.71 イワン・イリッチの苦しみ
イワン・イリッチの主な苦しみは嘘であった・・・・なぜか一同に承認せられた嘘であった。彼はただ病気しているだけで、決して死にかかっているのではない、ただ落ち着いて養生しさえすれば、なにか知らないが大変いいぐあいになる、といったふうな気休めであった。しかし、彼自身にはよくわかっていた。たとえどんな事をしてみても、さらに悩ましい苦痛と死のほかには、結局、どうもなりようはないのである。この偽りが彼を苦しめた。

p.73 イワン・イリッチの望み
彼は、病気の子供でも憐れむようなぐあいに、誰かから憐れんでもらいたいのであった。子供をあやしたり慰めたりするように、撫でたり、接吻したり、泣いたりしてもらいたい。彼は自分がえらい官吏で、もう髯も白くなりかかっているのだから、そんなことはできない相談だと承知しながらも、やはり、そうしてもらいたかったのである。

p.79 イワン・イリッチの妻 プラスコーヴィヤ・フォードロヴナ
夫に対しても、その病気に対しても、彼女は、いぜんとして同じ態度をとりつづけていた。ちょうど医者が病人に対して一定の態度を作り上げたら、もうそれを取り去ることができないのと同様に、彼女も夫に対して一つの態度を築きあげていたのだ。

p.87 自らの意志で体を動かせなくなったイワン・イリッチ
もうそれ以上我慢しようとも思わず、子供のように声を上げて泣き出した。彼は自分の頼りなさを思い、自分の恐ろしい孤独を思い、人間の残酷さを思い、神の残酷さを思い、神の存在しないことを思って泣いた。

p.88 過去の追憶
幼年時代から遠ざかって、現在に近づけば近づくほど、喜びはますますつまらない、疑わしいものになってきた。それは法律学校時代からはじまる。もっとも、その時代には、まだ本当にいいものもなにやかやあった。そこには快活さがあった。そこには友情があった、そこには希望があった。しかし、上級に進んだ時、こうした幸福な瞬間はもうだいぶ少なくなった。それからはじめて県知事づきで勤務した時、再び幸福な瞬間が現われた。それは女に対する愛の記憶であった。やがて、そういうものがみんなごっちゃになって、美しいところはいっそうすなくなった。それから先はまたさらに減じて行き、年をとればとるほど状態が悪くなる。

p.92
過去に遡れば遡るほど生命が多い。善行が多ければ多いほど、生命が多かった。

p.96 生活のすべてを悟る
彼はあおむけになって、すっかり新しい目で自分の全生涯を見直しはじめた。・・・(中略)・・・彼はその中に自分自身を見た、自分の生活を形づくっていたすべてのものを見た。そして、それがなにもかも間違っていて、生死を蔽う恐ろしい大掛かりな欺瞞であることを、はっきりと見てとった。この意識が彼の肉体上の苦痛を十倍にした。彼はうめき悶えながら、かけている夜具をひきむしるのだった。夜具が自分を押しつけて、息をさせないような気がしたのである。そして、そのために家人が憎くてたまらなかった。

p.99 死の苦しみ
彼は感じた・・・・自分の苦しみは、この黒い穴の中へ押し込まれることでもあるが、またそれと同時に、ひと思いにこの穴へ滑り込めない事に、より多くの苦痛が含まれている。ひと思いに滑り込む邪魔をしているのは、自分の生活が立派なものだったという意識である。こうした生の肯定が彼を捕えて、先へ行かすまいとするために、それがなによりも彼を苦しめるのであった。

p.102 苦痛の最後に
古くから馴染みになっている死の恐怖がさがしたが、見つからなかった。いったいどこにいるのだ?死とはなんだ?恐怖はまるでなかった。なぜなら、死がなかったからである。 死の代わりに光があった。
posted by Bear at 23:26| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | Impressed Books | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/87884047
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック